心の目でおじさんを見る

電車に乗っている。比較的空いている車内、立っている人はほとんどいない。座っているわたしの真正面の座席には、おじさんが座っている。

こういうとき、自分の視線を強く意識する。まっすぐ前を向くと、正面のおじさんを見つめることになってしまい、おじさんを  何?なんかめっちゃ見られてるんだけど  と落ち着かない気持ちにさせてしまうにちがいない。知らない人に見つめられるのは気持ちのいいものではない。余談だが、以前電車内で痴漢されたとき、わたしは唐突に振り向いて目をガン開きにし、終点まで犯人の目だけを凝視し続けてやった。そいつはこちらを気にしないふりをしつつ、しかしその耳は段々真っ赤になっていった。ざまあみろ馬鹿。

閑話休題。まっすぐ前を見るとおじさんに嫌な思いをさせてしまうので、わたしは目を閉じて寝ているふりをする。しかし、その意識はおじさんに向いたまま。まぶたに覆われた瞳で、わたしはおじさんを見つめている。おじさん、知っているか。わたしが実はこんなにもおじさんに意識を向けていることを知っているか。リュックをおひざに乗せたおじさん。細いフレームのメガネのおじさん。こんなに観察されていることに、あなたは気づいていないだろう。

わたしが降りる駅でおじさんも降りた。駅の階段で、わたしとおじさんは別の方向へ歩き出す。名も知らぬおじさん、さよなら。いい一日になるといいね。